不動産賃貸借における貸主・借主・転借人の微妙な関係

土地・建物の賃貸借は,他の賃貸借と比べて高額であり,賃貸人にとっても,賃借人にとっても,大きな取引である。特に,賃借人にとっては,金の問題だけでなく,生活の問題がかかっている。家を借りるという契約をすることは,人生の中でも特に大きな法律行為であり,これに機械的に法律を適用するのは憚られることもある。


□「賃借人にとっては生活の問題」
   →なるべく現賃貸借契約を保護すべき
      →賃貸借契約の解除制限が必要
   ∴①民法上の保護
      3編2章7節
   ∴②特別法上の保護
      借地借家法
         「正当事由」
   ∴③判例上の保護
      「信頼関係破壊の法理」「背信行為論」
         抗弁事由
         →民法541条のスパイス
            →適用抑制
            →「無催告解除」も可能にする

ハートが大切な理由 判例は,このように信頼関係や背信行為という法律とは程遠い概念を持ち出して,賃貸借契約の解除を制限しようとする。この背景にあるのは,賃借人は家を借りることに生活がかかっているということもあるが,それ以上に,家を貸し借りする契約は個人と個人の継続的契約である,という特色である。いかに,賃貸人の地位が強いといえども,一応は,個人と個人の問題であり,そこには企業と個人の問題という場合以上に“情(♥=1条2項)”が見出されなければならない。

   ∴④学説上の保護
      民法628条類推適用説
         :やむをえない事情がなければ労働契約が解除できないという628条を
          賃貸借契約にも類推適用する説

(やむを得ない事由による雇用の解除)
第六百二十八条  当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

         根拠:労働契約≒賃貸借契約
            ∵生活が,かかっている
         批判:似てるだけじゃ根拠にならない


■ 不動産賃貸借関係の基本

不動産賃貸借には借地借家法が適用される場面が多い。借地借家法は,民法の不備を補い,賃借人の保護・賃貸物件の流通促進を目指して制定された。


●賃貸借契約とは
   http://d.hatena.ne.jp/tgls33/20041128/1101617596
   http://d.hatena.ne.jp/tgls33/20041127/1101557436


□賃貸借の期間

  借地 借家
存続期間*1 30年以上*2 1年未満は期限の定めのないものになる
  (借法3条・9条) (借法29条)
更新期間 10年(最初は20年)以上 存続期間の扱いに準じる
  (借法4条・6条) (借法26条・29条)

   黙示の更新(619条)


□終了原因
   ・債務不履行(541条)
      ①一般的義務違反
         賃料不払(601条)
         用法違反(607条)
         信頼関係が破壊されていなければだめ(最判昭39・7・28)
         義務⊃賃貸借契約に基づいて信義則上要求される義務(最判昭47・11・16)

★「・・・」最判昭27・4・27
<事実>
AがBに家屋を貸したところ,Bは不在でほとんど家にいることはなく,いるのは妻や男ばかり。この男(3人)は①室内で野球,②建具を燃料にする,③裏口マンホールで用便,などを行うなど超不潔な生活。近所からも苦情,Bが帰ってきてもあまりの不潔さに隣家に泊まる有様。
<判断>
催告無しで解除できる。

      ②無断譲渡・転貸(612条2項)
         背信的行為でなければだめ(最判昭28・9・25)
   ・後発的全部不能
      ex.物件が火事で消失
   ・賃借人死亡
   ・解約申入れ
      「正当事由」が必要
         なければ法定更新

正当事由\  借地 借家
①貸主・借主の物件の必要度(比較)
②これまでの経緯
③現況
④立退料
⑤建物の利用状況 ×

   ・期間満了
      but 黙示の更新
         使用収益を知りながら異議を述べない(619条1項)


■ 転貸・賃借権譲渡

不動産物件は特定物である。したがって,唯一無二であり,「この物件が気に入ったのに!」ということがあっても,すでに他の賃借人が鎮座していることもある。が,「どうしてもこの物件がいい!」 というときには,その賃借人にお願いして転借してもらうこともできるだろう。土地・建物の賃貸借ではこの「転貸」関係が生じやすいのもひとつの特徴である。


転貸
   :また貸し。
   賃借人「また貸ししていいですか?」
   賃貸人「いいですよ」
   ○無断転貸
      :無断のまた貸し。
      賃借人「・・・」
      賃貸人「・・・」
転借
   :また借り。
賃借権譲渡
   :?=賃借人の権利譲渡≠転貸
   賃貸人A・転借人Bの関係が,賃貸人A・賃借人Bの関係として結びなおされる

転借人保護の意義 借地借家法では逐一あげることもできないほど,転借人を賃借人とほぼ同様に保護している。転借人を賃借人と同様に保護しなければ,不動産賃貸借をすべて転貸借契約とすることにより,賃借人の保護を図った法の規定が潜脱されてしまうため,これを防止するためであると思われる。


▲要件

  借地 借家
転貸 △賃貸人の承諾∪裁判所の許可 △賃貸人の承諾
  (借法19条) 民法612条1項)
賃借権譲渡 △賃貸人の承諾∪裁判所の許可 △賃貸人の承諾
  (借法20条) 民法612条1項)


賃借権の譲渡や転貸には賃貸人の承諾が必要(612条1項)であり,この承諾を得なければ解除原因となる(612条2項)。これは賃貸契約においては信頼関係が重要視されるからに他ならない。では,無断転貸があれば,すべての場合において賃貸人は解除権を取得するのだろうか。


? 基本的賃貸借契約の解除と転貸借契約

基本的契約が消滅すると,そこから派生した契約も消滅すると考えるのが素直である(「地震売買」など)。が,不動産の賃貸借でそのようなことが頻繁に起こってしまうと,転借人の地位が著しく不安定になる。したがって,基本的賃貸借契約が解除されたからといって,転貸借契約が解除されるとするのは問題がある。
しかし,常にこれができないとすると,今度は賃借人の保護にも問題が生ずる。ということは,双方のバランスをとる必要がある。じゃあ,どうしたらいいのだろうか,ということで出てきたのが契約解除の理由・内容に着目した考えである。

★「債務不履行による基本的賃貸借契約の解除&承諾がある転貸借の運命」最判平9・2・25百選Ⅱ63
<事実>
AはXに建物を貸し,Xはその建物をプールに改造しYに貸していた。が,Xの賃料不払いにより,AX間の賃貸借契約は解除(昭62・1・31)。Yはこの契約解除後もXに対して賃料を支払っていたが,Aが提起した立ち退き訴訟に巻き込まれたこともあって,ついに転借料の支払い停止(昭63・12・1)。その裁判はAの勝訴で確定し,AとYは新たに賃貸借契約を締結(平3・12・1),中間の空白期間の賃料は賃料相当損害金として支払いを済ませた。
そんな折,XがYに対して,AX間の賃貸借契約終了後の転借料(もしくは不当利得)の支払いを求めて本訴を提起。原審はAX間の賃貸借契約が終了しても,Yらが現に建物を使用収益していることを理由にXの請求を一部認容。Yは「AXの契約解除により転貸借契約も当然に終了した」として上告。
<判断>
破棄自判(請求棄却)。
賃貸人の承諾ある転貸借においては,転貸人は転借人に,賃貸人に対する権原を与えることが重要であり,これが与えられなければ,債務履行の懈怠である(転貸人・転借人関係)。一方,賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除によって終了した場合,転借人は賃貸人からの目的物返還請求を甘受しなければならない(賃貸人・転借人関係)。そして,賃貸人が目的物返還請求に至った場合,転貸人と賃貸人との間で再び賃貸借契約が結ばれることは期待しがたい(転貸人・賃貸人関係)。そうすると,転貸人の転借人に対する債務は,社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。
したがって,賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合,賃貸人の承諾のある転貸借は,原則として,賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求したときに,転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。
→XYの転貸借契約は,昭63・12・1の時点では終了している。
<整理>
基本的賃貸借契約の終了→○→転借人

★「借地契約の合意解除&承諾がある建物賃貸借の運命」最判昭38・2・21LD27002050
<判断>
合意解除は特段の事情がない限り転借人に対抗できない・・・
なぜなら、上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ、建物所有を目的とする土地の賃貸借においては、土地賃貸人は、土地賃借人が、その借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく、反対の特約がないかぎりは、他にこれを賃貸し、建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し、かつ認容しているものとみるべきであるから、建物賃借人は、当該建物の使用に必要な範囲において、その敷地の使用収益をなす権利を有するとともに、この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく、右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによつて勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とするところ、土地賃貸人とその賃借人との合意をもつて賃貸借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自らその借地権を抛棄したことになるのであるから、これをもつて第三者たる被上告人に対抗し得ないものと解すべきであり、このことは民法三九八条、五三八条の法理からも推論することができるし、信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。(昭和九年三月七日大審院判決、民集一三巻二七八頁、昭和三七年二月一日当裁判所第一小法廷判決、最高裁判所民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。
<整理>
基本的賃貸借契約の終了→×→転借人
   ∵基本的賃貸借契約⊃直接的使用収益+転貸収益
                    ↑のみが「合意解除」の対象と見られる
                          ※合意=賃貸人と賃借人の合意

判例によれば,債務不履行解除と合意解除とで転借人の地位の変化に違いが生じる。このことの妥当性をいかに考えるか
一般に,債務不履行では賃借人に帰責性があるのに対し,合意解除では賃借人に帰責性がない。賃貸人の立場から考えると,賃貸人は債務不履行の事例においては,いわば被害者であるのに対して,合意解除では対等な地位にある。そして,転借人は,政策的に保護する必要がある。この3者間利益衡量の結論として,債務不履行の場面では,賃貸人と転借人の関係において,賃貸人を優越させ,合意解除の場面では,転借人を優越させるのであって,その結論は妥当ということができる。もっとも,紋切り型に,債務不履行と合意解除を区別できるものではない。実質的な利益衡量が必要となろう。
?では,基本的賃貸借契約の解除が転借人に対抗できないとした場合,転借人は誰に,いくら賃料を支払えばいいのか
原賃貸人に支払うと構成した場合,賃借人の地位が転借人に移転すると解するか,もしくは転借人と賃貸人との間で,新たに賃貸借契約が締結されたか,転貸借契約が(賃貸人との)賃貸借契約に更改されたと解するほかない。一方,転貸人に支払うと構成した場合,転貸人は他人物を賃貸していることになるから,やはり難点がある。結局のところ,一概に決することはできない。賃料(転借料)も同様である。まさに,ここに不動産賃貸借の特徴が現れるといえるだろう。

〆 まとめ

不動産賃貸借契約は,賃借人や転借人にとっては金の問題だけでなく,生活の問題がかかっている。そこで,一般的な賃貸借契約以上に,借主を保護する必要があるが,その政策的思想を,理論的根拠に変えることはなかなか困難である。そしてまた,「転借」という不動産賃貸借独特の事情もある。
したがって,このテーマにおける問題点は,政策的思想(結果の妥当性)を,いかに理論的に担保するか(過程の妥当性)という点にある。


■ 参考文献

民法講座 (5)

民法講座 (5)

民法〈6〉契約各論 (有斐閣双書)

民法〈6〉契約各論 (有斐閣双書)

民法判例百選 (2) (別冊ジュリスト (No.160))

民法判例百選 (2) (別冊ジュリスト (No.160))

債権各論 第2版補正版 (伊藤真試験対策講座 4)

債権各論 第2版補正版 (伊藤真試験対策講座 4)

基本民法〈2〉債権各論

基本民法〈2〉債権各論

*1:一般規定としての民法604条

*2:ただし,定期借地権