権利濫用禁止原則

  • ●意義

権利の行使は濫用してはならないという原則(=一般条項)(1条3項)。

  • 概要

そもそもの原始的原則は,「私的自治の原則」から導かれる「権利行使自由の原則」であるが(第1段階),さらに,権利に内在する性質上,害意ある権利行使は許されないという「シカーネ禁止原則」をドイツ民法(BGB)226条等が明文化した(第2段階)。

☆BGB§226
Schikaneverbot
Die Ausübung eines Rechts ist unzulässig, wenn sie nur den Zweck haben kann, einem anderen Schaden zuzufügen.
Chicanery prohibition
The practice of a right is inadmissible, if it can have only the purpose to cause to another damage.

ところが,わが国の民法には本項の規定は存在しなかった。この時代に,判例法を確立したのが宇奈月温泉事件である。

★「権利の濫用」大判昭10・10・5(宇奈月温泉事件)
<事実>
宇奈月温泉には,その源泉である黒薙温泉から送湯管によってお湯が送られており,その送湯管は本件土地をかすめる程度に経由していたが,この土地の所有者の許可は得ていなかった。これを知った原告が本件土地を買い受け,送湯管の所有者である被告に不法占拠を理由とする送湯管の撤去を迫った。「さもなくば,ほかの土地の含めて買い取れ」,と主張したが被告が応じなかったため,原告が妨害排除を求めて本件訴訟を提訴。
<判断>
所有権に対する侵害に対しては,裁判上の保護を請求ができるが,全体において不当な利益の獲得を目的とするものは,社会観念上所有権の機能を超脱するものであって,権利の濫用にほかならない。したがって,原告の請求は,形式的には保護に値する権利でも,実質的には保護に値しない権利であるから,棄却すべきである。

この判決によって,戦後の民法改正では本項の規定が新設されることになるが,ポイントは,権利行使の外在的要件として,「公共の福祉」を(この場合“温泉街の利益”)考慮したことである(第3段階)。

  • ▲要件

①+②の相関判断


△①利益状況の比較衡量(客観的要件)
∵本原則は「公共の福祉」に対する権利行使の適合性が問題となるのだから,どのように不適合なのかが,まず問題とされなければならない。
「侵害ニ因ル損失云フニ足ラス而モ侵害ノ除去著シク困難ニシテ縦令之ヲ為シ得トスルモ莫大ナル費用ヲ要スヘキ場合」(宇奈月


△②害意の存在(主観的要件)
∵公共の福祉に適合しない権利の行使であっても,正当な権利の行使である場合も存在する(ex.板付基地)から,この要件が“加味”される。
「第三者ニシテ斯ル事実アルヲ奇貨トシ不当ナル利益ヲ図リ・・・他ノ一切ノ協調ニ応セスト主張スルカ如キ」(宇奈月

まず,①要件が検討される。その結果,権利の濫用が著しい(=不法行為になるくらいひどい)場合,不法行為の適用が検討され,本項はその要件である違法性の判断基準となる(「不法行為的機能」)。
しかし,著しいわけではないが,ちょっとひどい,もうちょっとマナーというものがあるじゃないか,という場合で当事者に接触関係があるときには「信義則」と並んで重畳適用されることもある(「規範創造的機能」)。
最後に,「信義則」が適用できない場合(接触関係がない),この②害意を加味して,権利の範囲を穏当な範囲にとどめるような努力がなされる(「強制調停的機能」=本項が前面に出て,もっとも脚光を浴びる場面)。
  • ◆効果

◇権利に基づく請求の棄却
「上告棄却」(宇奈月


不法行為としての損害賠償責任
ex.信玄公旗掛松・日照妨害


◇権利行使自体の無効
ex.賃貸借契約における解除権行使
  信義則との重畳適用


◇権利そのものの剥奪
ex.親権喪失(834条)

  • ?問題点

?「権利濫用の濫用」
:正当な権利の行使であっても,それが権利の濫用とされてしまう問題。
  →板付基地事件で現実化
客観的要件のみで,権利濫用が検討されてしまう場合,正当な権利の行使であっても権利濫用とされてしまう場合が考えられる。その際に,主観的要件を加味する必要がある。

  • cf.

http://www.matsuoka.law.kyoto-u.ac.jp/Lecture2002/CivilLaw1/23GeneralRulesOfCivilLaw.htm