表現の自由

● 意義

個人が内心を外部に発露する自由(憲法21条1項)。

第21条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

これにより自己実現を図るという面では個人的な価値を,民主政に寄与するという面では社会的な価値を包含する。
発露する自由といっても,そもそもネタになる情報がなければ発露のしようがないため,そこから知る権利が導出されるが,新憲法草案・情報公開法などはこれを認めていない(国の説明責任は認める)。

ネット社会と表現の自由 ニフティーサーブ事件(東京高判平13・9・5)を皮切りにネットと表現の自由の問題が取り沙汰されるようになったが,情報化社会の波はアクセス権などの古典的論点を再考させる契機になるだろう。そもそもアクセス権(さらには反論権なども)は市民と情報発信者≒マス・メディアの情報格差が前提となったものだが,HPやブログなどにより市民が情報を発信することは容易になった。むしろ,ニフティー事件のように,フォーラム管理者の削除の懈怠による不法行為責任(プロバイダー法),あるいは反対に,(2ちゃんねる等大規模なところでは)恣意的削除による検閲規定等の私人間効力・不法行為責任などに論点が移行すると考えられる(削除されない自由,なんて)。
報道の自由

マス・メディアが報道を行う自由。
取材の自由を包含すると考えられる。

★「博多駅事件」最大決昭44・11・26百選78
<事実>
博多駅での反戦派学生と機動隊の衝突に際し,福岡地裁はテレビ局数社にその模様を撮影したニュースフィルムの提出を命令。
<判断>
報道は国民の知る権利に奉仕するから,報道の自由憲法21条の保障の下にあり,取材の自由も尊重に値するが,憲法上の要請があるときはある程度の制約を受ける。そこで,公正な刑事裁判の実現のための必要性と,報道機関の取材の自由が妨げられる程度等を比較衡量すべきである。
本件では被疑者らの在籍の有無を判断するためにはフィルムがほとんど必須であり,他方,本件フィルムはすでに放映されたものを含むものであるから,この程度の不利益は忍受されなければならない。

★「TBSビデオテープ押収事件」最決平2・7・9百選79
<事実>
TBSが放送したドキュメンタリーに端を発し,暴力団員が逮捕された。この捜査の過程で,警視庁は差押令状により放送のために撮影された未編集テープ29巻を押収(任意提出は拒否)。
<判断>
取材の自由はある程度の制約を受ける。
ビデオテープは重要な証拠価値を有するのに対し,TBSが擁護しなければならない利益はほとんど存在しない。
(奥野裁判官反対意見)
日本テレビ事件(最決平1・1・30)ではビデオテープは必要不可欠なものであったが,本件ではそうともいえない。また,TBSは暴力団の実態を国民に知らせるという報道目的で撮影をしたのであるから,保護すべき利益は大きい。
<整理>
「警視庁」が「必須とはいえない」「未放送の」テープを差し押さえた。

また,放送の自由も含まれるが,電波の特質(有限性・広範性・能動性)のために比較的強い制約がある(電波法・放送法)。

部分規制論 メディアの社会的影響力の応じて公的規制をくわえるべきとする考え。たとえば,放送メディアは影響力が大きいから規制を加え,印刷メディアはそうでもないから完全に自由にする。そうすると,両者の微妙なバランスによって充実した思想の自由市場が確保されるという。芦部は「多数の国民が・・・内容規制を支持しているといえるかどうかは,問題」とするが,今ではそうとはいえないだろう。むしろ,部分規制を施すための技術的問題が大きい(マーケットの移行を内包するため)。

★「訂正放送の請求」最判平16・11・25重判8
<事実>
NHK生活ほっとモーニングの中で名誉が毀損されたとしたXが,放送法を根拠に謝罪放送を請求。

第4条  放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によつて、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から、放送のあつた日から三箇月以内に請求があつたときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から二日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送をしなければならない。

<判断>
放送法は,真実性の保障・表現の自由の観点から自律的に訂正放送を行う義務を定めているにすぎず,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨のものではない。
<整理>
民法723条とは別の問題。

■ 汚辱表現

汚辱表現はそもそも刑法上の論点だが,表現の自由に関係するため憲法論として検討しなおされる。

★「Lady Chatterley's Lover」最大判昭32・3・13百選58
<判断>
わいせつ文書とは,1:いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ,2:普通人の正常な性的羞恥心を害し,3:善良な性的動議観念に反するもの,である。刑法175条は,性的秩序を守り,最小限度の性道徳を維持するという公共の福祉のための制限であり,合憲である。
<整理>
「わいせつ3要件」を初めて明らかにした・・・ようにいわれるが,本当に最初に明らかにしたのはサンデー娯楽事件(最判昭26・5・10)。

★「悪徳の栄え最大判昭44・10・15百選59
<判断>
わいせつ性は文書全体との関連で判断すべし。
(田中裁判官反対意見)
芸術性・思想性の高い文書については,わいせつ性が相対的に軽減される。
<整理>
著者のサドはフランス革命当時にバスティーユの牢獄にいたほど古い人。そういうわけで,相対的わいせつ概念などが議論された。

★「四畳半襖の下張最判昭55・11・28百選60
<判断>
わいせつ性の判断は文書全体の検討が必要。
<整理>
目的・効果基準への接近。時代の変化により価値観が多様化し,わいせつ概念の定立が困難になってきたため,「何のためのわいせつか」が重要視されはじめる。

★「夕刊和歌山時事」最大判昭44・6・25百選71
<判断>
刑法230条の2の規定は,個人の名誉の保護と正当な言論の保障の調和を図ったものだから,「事実が真実であることの証明がない場合」でも,行為者がその事実を真実であると誤信し,その誤信したことについて確実な資料・根拠に照らし相当の理由があるときは,犯罪の故意がなく,名誉毀損罪は成立しない。
<整理>
「故意に」「根拠もなく」事実を摘示して他人の名誉を毀損したときに,名誉毀損の罪になる。故意=「悪意」,根拠=「現実の」に対応する(現実の悪意=actual malice。本場のこれは証明責任が検察側にある)。

★「月刊ペン」最判昭56・4・16百選72
<事実>
雑誌「月刊ペン」は創価学会批判の記事の中で池田大作のプライベートを取り上げた。
<判断>
私人のプライベートであっても,社会的活動の性質・影響力の程度などによっては「公共の利害に関する事実」にあたる。

★「月刊北方ジャーナル」最大判昭61・6・11百選73
<事実>
北海道知事選に立候補予定のYは,名誉毀損的表現でYを揶揄する北方ジャーナル誌の販売差し止めを札幌地裁に請求し,認められた。北方ジャーナル社Xがこれにつき国を相手に訴訟提起。
<判断>
表現の自由に対する事前抑制は表現の自由に照らし厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容される。
出版物の事前差し止めは,特に,1:公共の利害に関する事項である場合は原則として許されないが,2:表現内容が真実でなく,またはそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,3:被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときは,例外的に許される。
仮処分命令に際しては,原則として債務者の審尋等が必要だが,債権者の提出資料によって前記実体的要件を満たすと判断できるときは,債務者の審尋等をしない場合でも憲法21条の趣旨に反しない。

★「週刊文春」東京高決平16・3・31重判7
<事実>
田中真紀子の長女Xは,離婚記事がプライバシーを侵害するとして週刊文春の販売差し止めを請求。東京地裁はこれを認めたが,高裁はこれを取り消した。
<判断>
本件記事は,1:公共の利害に関する事項に係るものではなく(×),2:専ら公益を図る目的のものでもない(×)が,3:離婚記事は人格的非難をともなうものではない(○)。
ところで,出版物の事前差し止めは,民主主義体制の存立と健全な発展のために必要な,憲法上もっとも尊重されなければならない権利である表現の自由に対する重大な制約であり,これを認めるには慎重な上にも慎重な対応が要求される。
<整理>
地裁は1:×,2:×,3:×。重判解説によれば「裁判官の離婚感が結論を左右する要素となった」。また,北方ジャーナルは月刊だが,文春は週刊。

★「石に泳ぐ魚最判平14・9・24重判4

石に泳ぐ魚

石に泳ぐ魚

<事実>
柳美里の小説「石に泳ぐ魚」は,柳の文通相手である私人Xを材に採ったモデル小説とされるが,表現にきつい点が多く,またところどころにフィクションを挿入したモキュメンタリー的内容だった。Xは,小説化の話を事前には聞いておらず,柳に書き直し等を求めたがわずかなものにとどまったため,小説の公表差し止め等を求めた。この訴訟の間,柳が月刊新潮に訴訟の経緯等を投稿したため,Xはこれについても別途損害賠償の請求。1・2審は,事実を相当に変容させるなどのモデル小説にあるべき配慮が足りないなどとして請求認容。
<判断>
本件小説によってプライバシー・名誉感情の侵害が認められる。
また,1:Xは公的立場にない(×)し,2:公共の利害に関するものでもなく(×),3:Xに重大で回復困難な損害を被らせるおそれがある(×)。
<整理>
モデル小説といっても,大体の内実はノンフィクションだから,仮に本件Xが有名人であれば,エロス+虐殺事件(東京高決昭5・4・13百選69)のように結論も異なったかもしれない。が,宴のあと事件(東京地判昭39・9・28百選68)のように,3に引っかかる可能性は大。
なお,Xは韓国人の大学院生であり,日本人はこの小説を読んでもXのことなど想起しえないが,Xの身近な人にはXのプライバシーが知られてしまい,またフィクション部分と混同して名誉が毀損される。だが,これをおし進めると,Xが日本の小説とは程遠いパプアニューギニア人などであれば,結論も異なるかもしれない。パプアニューギニア人にとって,日本社会は遠い秘境であり,日本での出版物の公表は,パプアニューギニア人にとっては公表といいえない場合も考えられるからである。