契約締結上の過失

契約の締結過程において,詐欺や強迫が行われれば,それらは契約の取消原因になる(96条)。が,これらのように故意ではなく,過失があった場合のことを法は定めていない。契約締結上,明らかに過失があった場合,契約はどうなるのか,また,過失とは具体的にどのようなことをいうのか・・・これらが問題になるのが契約締結上の過失である。


● 意義

契約締結の過程において,契約当事者の一方に過失があった場合に,他の一方の契約当事者の信頼利益を保護するために用いられる理論(1条2項参照)。

?責任の性質は不法行為責任ではないのか
契約締結上の過失は,契約が未成立な状況における過失が問題になるのであるから,契約成立後の過失を問題にする契約責任をその本質として捉えることには無理があるだろう。しかし,契約締結上の過失は,本来の契約に付随する義務の不履行が問題になっているのであるから,信義則上導かれる契約責任をその本質として捉えるべきである。
?契約締結上の過失は一方契約当事者の信頼利益の保護に意義があると考えられるが,この保護を貫徹すれば契約自由の原則と抵触する
契約自由の原則とは,当事者が形式面だけでなく実質面においても自由意志において契約をすることができる原則と換言でき,そうであるならば当事者がリターンを甘受した上でリスクを織り込んでいれば,その当事者は保護に値しないことになる。このような場合でも保護が与えられるのは,契約状況が公序良俗に反するような場合に限られる。

■ 類型

□契約締結上の過失→契約が無効
   契約内容の客観的不能により,契約が不成立・無効の場合
   相手方は不測の損害を被っている
      →効果としては無効ではなく,損害賠償が必要
         根拠:契約締結過程における信義則上の調査義務
□契約締結の準備段階に過失→不利な内容の契約締結
   情報の不完全告知により,不利な内容の契約が締結された場合
□契約締結の準備段階に過失→契約締結に至らず
   ・信頼利益の損害事例

★「思わせぶりマンション購入」最判昭59・9・18百選Ⅱ4
<事実>
Xはマンション建築と同時に購入者を募集,Yはこれに申し込むかどうか迷いつつも,Xに10万円を支払ったり,電気アンペアの契約変更をさせたり,思わせぶりな行動を取ったにもかかわらず,結局契約をしなかった。このためXは予備的に契約締結上の過失を根拠とした信頼利益の賠償を請求。
<判断>
原審の判断(契約締結に至らない場合でも,契約類似の信頼関係に基づく信義則上の責任として,相手方が諸契約が有効に成立するものと信じたことによって被った損害の賠償を認めるのが相当である)は是認できる。

   ・契約締結準備段階における身体・財産侵害事例

?このような事例においては不法行為責任が妥当するのではないか
身体・財産の侵害が契約締結のための信頼関係の裏切りとして構成できれば,契約締結上の過失とすることができる。たとえば,デパートに買い物に行ったらバナナの皮で滑って怪我をした場合などは不法行為責任だが,デパートのお得意様サロンに商談をしにいったらバナナの皮で滑って怪我をした場合などは信頼関係の破壊があったといえるのではないか。

▲ 要件

△原始的不能
△給付者の過失
△もう一方の善意・無過失
   過失があれば過失相殺


◆ 効果

◇損害賠償責任

?範囲
契約が無効であることにかんがみれば,損害賠償の範囲は信頼利益に限られるべきであろう。しかし,それでは一般の債務不履行とのバランスが取れない。場合によっては,履行利益も視野に入れるべきである。