訴因変更

● 意義

個々の訴因の内容に変更を加えること(刑事訴訟法312条1項)。
○<広義>=変更+追加+撤回

?訴因とは何か
訴因とは,検察官が起訴状において,審判対象として記載した犯罪事実を言う(刑事訴訟法256条2項3項)。この点,刑事訴訟法の本質を職権主義的構造と解し,訴因は単に被告人の防御権のためのものであるとする考え(公訴事実対象説)もある。しかし,そもそも,現行刑訴法が本質とするのは,起訴便宜主義(248条)や起訴状一本主義(256条6項)などから,当事者主義的訴訟構造と解すべきであり,この結果,訴因は審判対象そのものであるのである(訴因対象説)。したがって,訴因から逸脱した事実認定が行われれば,それは絶対的控訴事由(378条3号)となる。

訂正・補正 訴因変更と類似の制度として訴因の訂正と補正がある。訂正は,表記上の明らかな誤りを直すため,補正は,不適法な訴因の記載を正す場合をいう。

■ 訴因変更の要否

訴因対象説によれば,裁判所は,訴因外の事実認定をすることができない。したがって,検察官としては,訴因外の事実が判明した場合,訴因の変更をすべきこととなる。しかし,ちょっとした事実のずれがあっただけで,訴因変更が必要とすれば,迅速な裁判の要請(憲法37条1項)に答えられないし,現実的でもない。では,現実的な問題解決方法は何か。それは,訴因を抽象化することである。


□訴因の抽象化
   〜法律構成
      法律構成に変更がなければ訴因変更は不要
         →検察側を不当に利する
            →公平な裁判所の要請(憲法37条1項)を無視
   〜事実記載
      記載した事実に変更がなければ訴因変更は不要

?そうするとちょっとした事実のずれでも訴因変更が必要となり,問題解決になっていない
そもそも,訴因が審判対象であるということは,訴因が攻撃・防御の対象ということである。そうすると,被告人の防御の面で実質的な不利益(312条4項参照)が生じる場合には,訴因変更が必要と解するべきだろう。
?実質的不利益とは何か
個々の事情によるものであり,一概に定義することはできない。しかし,そうすると基準としては不明確であり,問題がある。と雖も,一般的な基準が,被告人の実質的不利益をすべての場合に判断しえるものでもない。したがって,まずは一般的基準によりアプローチを試み,それが妥当しない場合に限り具体的な個々の事情を勘案すべきであると考える(二段構え説)。


判例において訴因変更が必要な場合
   ・犯罪行為の態様が変化する場合
      強制わいせつ→公然わいせつ(最判昭29・8・20)
   ・過失の態様が変化する場合
      クラッチ踏み外し→ブレーキかけ遅れ(最判昭46・6・22)
   ・被害の程度が増大する場合
      脱税額増大(最決昭40・12・24)
   ・著しい法律構成の変更を伴う場合
      収賄→贈賄(最判昭36・6・13)
判例において訴因変更が不要な場合
   ・単なる法的な評価の変更の場合
      業務上過失致死→重過失致死
   ・事実のちょっとした変更の場合
      犯罪の成否や被告人の防御に関係ない場合

★「共同正犯内の実行行為者の変更」最決平13・4・11百選48
<事実>
公訴事実:被告人は,Xと共謀の上,被害者の頚部をベルトのようなもので締め付け,被害者を窒息死させた。
↓訴因変更
公訴事実:被告人は,Xと共謀の上,被告人が,被害者の頚部をベルトのようなもので締め付け,被害者を窒息死させた。
↓判決
認定事実:被告人は,Xと共謀の上,Xか被告人あるいはその両名において,扼殺,絞殺またはこれに類する方法で被害者を殺害した。
被告人は,この認定事実が訴訟手続の法令違反に当たると主張して控訴したが,仙台高裁は不意打ちを受けたことにならないとして控訴棄却。被告人上告。
<判断>
訴因と認定事実を対比すると,誰が実行行為者かに変更があるのみで,そのほかの点に差異はない。そもそも,殺人罪の共同正犯においては,実行行為者の特定がなされていなくてもそれだけで直ちに罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえない。したがって,訴因と異なる事実認定をするにしても,訴因変更は必要ではない。
もっとも,実行行為者が誰かという問題は,被告人の防御にとって重要な事項であるから,検察官が,これを明示するのが望ましいし,その明示と異なる事実認定をするには,原則として,訴因の変更が必要と解すべきである。
しかしながら,実行行為者の明示は,訴因の記載として不可欠な事項ではないから,少なくとも,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には,例外的に,訴因変更手続きを経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないと解するべきである。

   ・縮小認定の場合
      殺人→同意殺人
      ▲要件
         △旧訴因が新訴因を包含する
            基本
         △新訴因事実に対する検察官の予備的訴追意思
         △被告人に不利益が生じない
            やはりこれが必要


■ 訴因変更の可否

訴因変更の要否に加えて問題となるのが訴因変更の可否である。訴因変更は「公訴事実の同一性を害しない程度において」可能となるが(312条1項),果たしてどこまで公訴事実が同一なのかが問題となる。


□公訴事実の同一性
   :公訴事実が単一同一(狭義の同一)
      →二重起訴禁止の場面でも問題となる
      →一事不再理効の範囲でも問題となる
   ・単一
      実体法を基準に判断
         単純一罪・科刑上一罪=単一
         併合罪・単純数罪≠単一
   ・同一
      判例は・・・
         基本的事実同一説を,両事実の共通性を軸に考察し,非両立性基準を補足的に用いる

★「収賄=贈賄?」最決昭53・3・6百選49
<事実>
本位的訴因「被告人甲は,乙と共謀の上,丙から現金の供与を受けた」
↓訴因変更
予備的訴因「被告人甲は,丙と共謀の上,乙に現金を提供した」
裁判所は予備的訴因によって有罪判決言渡し。弁護人は「両訴因は具体的内容が著しく異なりともに並立する関係にあるから公訴事実の同一性はない」と主張。
<判断>
収賄と贈賄に事実上の共通性がある場合には,両立しない関係にあり,かつ,一連の同一事象に対する法的評価を異にするにすぎないものであって,基本的事実関係においては同一である。訴因には同一性がある。

★「シャブ・尿・自白」最決昭63・10・25百選50
<事実>
当初の訴因は被告人の捜査段階の自白に基づく「10月26日午後5時30分ころ,自宅で,『よっちゃん』に,覚せい剤を注射させた」というものだった。
変更された訴因は,被告人の起訴後の自白に基づく「10月26日午後6時30分ころ,スナック『珊瑚』で,自分で覚せい剤を注射した」というものである。
控訴審は「尿中から検出された覚せい剤にかかる本件逮捕に直近する1回の使用行為を訴追する趣旨で」訴因を変更したのだから,尿が両訴因の扇の要の役割を果たすため,両訴因事実は「同一の社会的,歴史的事象に属し,基本的事実関係を同じくする」として訴因変更を認めなかった1審判決を破棄し,差し戻した。被告人上告。
<判断>
検察官は起訴後の被告人の自白を信用できると考えたから,これにそって訴因を変更したのである。両訴因は時間,場所,方法において多少の差異はあるものの,いずれも尿中から検出された同一覚せい剤の使用行為に関するものであって,事実上の共通性があり,両立しない関係にあると認められるから,基本的事実関係において同一である。


□中間項と訴因変更の可否

?訴因変更の可否が旧訴因と新訴因の基本的な事実の同一性をもとに判断されるとした場合,再び訴因の変更をしようとすれば,新訴因と新新訴因との間に基本的な事実関係が再び考察されることになる。そうすると,中間訴因を介すれば,理論上,無限に訴因変更が可能となるが,旧訴因と新新訴因との間に同一性がない場合でも訴因変更は可能なのか
形式的には問題がないため,可とすべきである。しかし,濫用(規1条2項)があれば許されない。さらに,訴因変更を繰り返した結果,結局旧素因に逆戻りした場合や,新新訴因で有罪になった被告人が旧訴因で再起訴された場合などは,二重の危険として処理すべきであろう。

■ 訴因変更命令

行刑事訴訟法は当事者主義を基調とし,一方当事者である検察官の設定した訴因こそが審判の対象であり,この変更もまた検察官の専権である。ところが,一方で現行法は真実発見をも要請する(1条)のであって,これら2つの調和をなんとかして図る必要がある。たとえば,訴因が変更されれば明らかに有罪であるにもかかわらず,検察官がこれを行わない場合も考えられる。そこで,裁判所には検察官に対して訴因変更命令を発する権限が与えられている(312条2項)。
この訴因変更命令は当事者主義の例外をなすものであるため,まず裁判所は訴因変更を促し(規208条参照),それによっても検察官が応諾しない場合に限りなされるべきである。

★「訴因変更命令に形成力はあるか」最大判昭40・4・28百選A16
<判断>
裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは,裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり,訴因変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから,訴因変更命令にこのような効力を認めることは到底できない。
<整理>
この判決により訴因変更命令の形成力がないことが実務的には完全に解決された。尚,罰条変更命令には形成力がある。∵罰条の適用は裁判所の専権

★「訴因変更命令は義務なのか」最決昭43・11・26
原則として訴因変更は義務ではない(最判昭33・5・20)が,①訴因を変更すれば有罪であることが証拠上明らかで,②その罪が相当重大なものである場合には,例外的に裁判所は訴因変更を命ずる義務がある。

★「かたくなな検察官に」最判昭58・9・6百選52
<事実>
この公判は約8年にわたり乙事実を中心に展開された。その最終段階において,裁判所は乙事実を前提とする限り被告人を無罪とするほかないが,甲事実を前提とすれば犯罪成立を肯定する余地があると考え,検察官に訴因を変更する意思はないかと求釈明をしたが,検察官は断固拒否。このため,裁判所は被告人に一部有罪の判決。これに対して控訴審は証拠上の明白性,罪の重大性があるから,裁判所は打診だけではなく命令あるいは積極的に促す措置をとるべきであったのにとらなかったから審理不尽の違法があると破棄差戻し。被告人は訴因変更命令の義務の問題を軸に上告。
<判断>
破棄差戻し。
明白性・重大性はある。が,③検察官は8年間一貫して乙事実を主張し,裁判長の求釈明に対しても従前の主張を変更する意思はない旨を明確かつ断定的に釈明していた。そうすると裁判所としては④求釈明により義務を尽くしていたことになるから,それ以上の命令あるいは積極的に促す措置までの義務を負うものではない

■ 訴因変更と罪数

□一罪→数罪
   @罪数のみ変更
      =単なる法的な評価の変更
      法律構成説では訴因変更が必要
      事実記載説では訴因変更は不要
         →補正の問題

一罪一訴因一判決原則 =1罪は1つの訴因として記載されるべきであり,1つの判決が下されるべきであるとする原則。数罪とすべきところが,実は1罪でしたというときは,検察官の起訴状の誤記だから,それには補正で対処すべきであると考える。

   @罪数+事実の変更
      訴因変更(+補正)が必要
□数罪→一罪
   補正が必要