訴訟物

  • ●意義

審判の対象となる,訴訟上の請求。

  • 概要

訴訟上の請求を“物”として特定する必要は,①裁判所にとって審判の対象を処分権主義(246条)のもとに決定すること,②被告にとって攻撃防御の主題を明確にして不意打ちを防止すること,の2点にある。
では,どのような視点で訴訟物を特定すればよいのか。この点,実体法上の権利を特定の基準とするのが基本的な考え方である(旧訴訟物理論)。だが,これでは紛争の一回的解決を図るのに困難な場合がある。そこで,訴訟法的観点から訴訟物を特定し,実体法上の請求権を包括した上位概念において訴訟物を観念する考え方が主張される(新訴訟物理論)。しかし,この理論は実体法上の権利の明確性を希釈し,前訴と後訴の“ずれ”が生じるおそれがあるため,全面的には採用しがたい。このため,旧訴訟物理論を基礎としながらも,新訴訟物理論を取り入れた対応が適当となる。

★「“実体法上の権利”としての民法709条と710条」最判昭48・4・5
同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。したがつて、第一審判決は、被上告人Bの一個の請求のうちでその求める全額を認容したものであつて、同被上告人の申し立てない事項について判決をしたものではなく、また、原判決も、右請求のうち、第一審判決の審判および上告人の控訴の対象となつた範囲内において、その一部を認容したものというべきである。

したがって,請求を権利主張として特定するためには,必ずしも適用法条を示す必要はなく,法律的主張が客観的に明確となればよい*1

  • 処分権主義

処分権主義とは訴訟の定立範囲終了について当事者に自己決定を認める原則である(私的自治原則の訴訟法的反映)。
1)定立
民事訴訟は,当事者の訴えによってはじめて開始される(133条)。民事執行,民事保全も同様である。
2)範囲
どのような裁判を求めるかも,当事者が決定することができる。裁判所は,当事者が申し立てていない事項について,判決をすることができない(246条)。
3)終了
申立て事項について,終局判決が下されれば訴訟は終結するが,当事者による①訴えの取り下げ,②訴訟上の和解,③請求の放棄・認諾(267条)などによっても,同様に終了する。


これら処分権主義が私的自治原則の反映であるとすれば,私的自治に放任できない事項については,処分権主義は排斥されることになる。たとえば,人事訴訟,会社関係事件。

  • 申立て事項と判決事項

裁判所は,当事者が申し立てていない事項について判決することはできない(246条)。そのため,まず原告としては申立て内容を明らかにしなければならないが,その内容が明らかでない場合がある。そのため,申立て事項に対する判決事項の超脱も,明らかでない場合があるため,個別の事例において問題となる。
この点,申立て事項よりも狭い範囲で判決がなされることによって生じる問題が一部認容の問題であり,申立て事項が債権の一部についてなされた場合に生ずる問題が一部請求の問題である。

  • 一部認容

処分権主義の趣旨を考慮して判断。

趣旨=「当事者」の私的自治尊重=(①原告の意思の尊重+②被告の不意打ち防止)

・量的一部認容
  =◎OK
  家屋明渡請求等=×だめ
    ∵一部だけ認容しても,原告の意思にまったく寄与しない
・質的一部認容
  現在の給付請求→将来の給付判決=◎OK
  将来の給付請求→現在の給付判決=×だめ
  無条件の給付請求→条件付給付判決=◎OK
・債務不存在確認の訴え
  「債務は全部のうち全部存在しない」→一部は存在するとの判決=◎OK
  「債務は全部のうち一部しか存在しない」→一部以上に存在するとの判決=◎OK
  「債務は全部のうち一部しか存在しない」→一部以下に存在するとの判決=×だめ
  「債務は(特定せず)一部しか存在しない」

?原告が債務の全部を特定していないのに,これを特定した上で,一部認容判決をすることはできるか
請求の原因等から債務総額の特定が可能であれば,審判対象が明らかであるため,全部を特定した上で,一部認容判決をすることができる。この点,確かに原告としては一部の債務が不存在であることのみの確認を求めているのであって,それ以上の債務が存在するとの判決は処分権主義に反するとも見うるが,少なくとも一定以上の債務が存在しないとの判決は原告が求めた判決内容の範囲内であり,結局処分権主義には反しない。
?であるとすれば,既判力は訴訟の対象となった全額のみに生じ,原告がもともと存在を認め,訴訟の対象としなかった債務には及ばないのか
確かに,原告がもともと存在を認めていた債務に既判力が及ばないとすると,一部認容判決によって,さらに原告はその部分の不存在の確認を求める訴訟を提起することができるから,訴訟の一回的解決に資さない。しかし,この訴訟で原告が求めているのは,一定範囲内における一定範囲の債務の不存在の確認だから,これを超えて既判力を及ぼすことはできない。ただし,信義則上,もともと存在を認めていた債務の不存在を,さらに後訴において争うことはできないと解する。
  • 一部請求

本訴が認容されるかどうかわからない場合のために試験的に,または訴訟費用の節約のために行われることが考えられる。
この場合も,当事者の意思を中心に添えて検討する。

?一部請求に対して判決がなされたあと,残部について再び訴えを提起できるか
処分権主義によれば,当事者は訴訟の範囲を確定できるから,残部についての訴えもできるように思える。しかし,これを認めると被告に応訴の煩があり,妥当な結果が得られない。だとすれば,被告に応訴の煩がなければ,残部の請求も認められる。具体的には,一部請求訴訟において,原告があらかじめ範囲を明示し,被告もこのために残部請求訴訟の可能性が認識できた場合であり,このような場合,残部請求は被告にとって,少なくとも「不意打ち」にはならない。ただし,このように範囲が明示された場合であっても,無条件に原告に残部請求を繰り返すことを許容するのは,訴訟経済上好ましくなく,被告の応訴の煩も耐え難い。したがって,訴訟の争点が重複し,実質的に残部請求訴訟が前訴である一部請求訴訟の蒸し返しで考えられる場合は,信義則上再び訴えを提起することはできない。

・時効中断の範囲
・後遺損害
・過失相殺との関係

★「一部請求と過失相殺」最判昭48・4・5
一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものというべきであつて、所論のように、請求額を基礎とし、これから過失割合による減額をした残額のみを認容すべきものと解するのは、相当でない。

  • 〆まとめ

訴訟上の請求が訴訟物として特定されなければならないのは,被告・及び裁判所のためである。
その特定は私的自治の訴訟上の反映である処分権主義により自由になしうるが,自由になしうるがゆえに,どこまでが訴訟物であるのかが判然としないことも多く,判決事項との齟齬が生じうる。
このような問題には,処分権主義の原則に立ち返り,原告がどのような判決を求めたか,被告にとって不利益はないか,などを考慮して対処する必要がある。

*1:具体例・・・書研p.45-46