刑事系I

  • 事例

新宿のリキッドルームでイベントを見終えた3人の大学生A,B,Cが目的もなげに歩いている。
「Aはずっと一番前にいたね」
「Bはどこ行ってたの?」
「腹減ったなあ」
イベントは午後10時から始まり,終了時刻は翌日午前5時の予定であったが,この3人は途中でなんとなく飽き,夜も明けない午前3時30分に出てきたのである。でてきたはいいがさあどうするのか,「とりあえず出る」ということに気をとられ,どこにいくか考えてから出るということはなかった。
「電車もないし,とりあえず歩こう」
リキッドルームのある歌舞伎町から,西早稲田にあるAの自宅まで歩くことにした。とはいっても夜は明けぬ暗い街,しかも歌舞伎町・大久保という都内でもトップクラスの治安の悪い地域を抜けなければならない。風俗,クスリ,ケンカ,よっぱらい,極道,夜中なのに公園で遊ぶこども,ドンキホーテ・・・あらゆる危険な要素が充満する地域を。しかし,それはいい意味での若気の至りか,3人はその危険こそ面白さであると感じ,この地域を抜けることにした。
「寒い,寒い・・・」
そのとき,
「なんだあれは?」
3人の目の前の路上の暗い闇に,人間の体のようなものがころがっている。遠くから見れば裸の人間が寝ているようであるが,近くから見れば,明らかにそれは,
「・・・マネキン?」
まさかこんな路上にマネキンが捨ててあるなんてどういうことだ。面白いものを見つけてしまったという興奮が若者たちを駆り立てる。
「おい,A,蹴っちゃえよ」
面白いことはさらに面白くすることが信条であるBは,Aに対してこう言った。さらにCもそれに賛同し,Aも,
「やだよー」
といいながらも,まんざらではない態度である。3人はお互いを見つめあい,くすくす笑っていた。
「しょうがないなあ」
Aは半笑いである。そして,なんとなしにバイト先の社員を思い浮かべていた。あいつ俺のことばっかり文句言いやがって何様のつもりだ。上司がくれば態度がすぐに変わるくせに・・・
Aがマネキンにむかって走り出す,その勢いが翻ってAの気持ちに火をつけた,バイト先の上司への怒りがマネキンに転化する。
「このやろう!」
Aの渾身の一撃はマネキンの後頭部にヒットした。が,その次の瞬間,えっ!・・・マネキンとはあきらかに違う,ぐにゃりとした感触がAの足に伝わった。
「・・・人?」
おそるおそる覗き込んでみると,・・・やはり人である。そしてさらに近づいてみると,・・・酒臭い。どうやら酔っ払いが裸で路上に寝込んでいた,という顛末のようだ。やばい,どうしよう,こんなことにはるはずでは・・・と,Aが思い始めたのもつかの間,
「人殺しだ!」
という声がした。その方向を振り返ると,そう叫んだ男の隣には警察官が立っている。男がこちらを指差すと,警察官も形相を変えて3人にむかって走ってきた。逃げろ!という心の声がした,人を蹴ろうと思ったのではありませんマネキンだと思ったんです,と説明すればわかってもらえるのかもしれないが,警察に追われるという恐怖感が足を動かした。が,逃走したのはAだけで,BとCはその場に呆然と突っ立っていた。警察官はとりあえず逃走しなかったBとCを確保することに集中し,Aはとりあえず追わないことにした。
Aは必死に逃げた。一度逃げたからにはつかまってはいけない。ああ逃げるべきじゃなかったかもしれないという思いも浮かびはじめたが,もうしょうがない。とりあえず自宅の方向である北へ向かい,「隠れ場所がありそう」という理由で,所属する早稲田大学へ方向を変えた。
どのくらい走っただろう,もう空が白み始めている。Aは戸山公園を抜け,文学部前・馬場下町の交差点に至った。さあどうするんだ,と息を切らしながら考えていると,「ちょっとすいません」と声をかけられた・・・警察官だ。目の前には交番,ああ,忘れていた,ここに交番があることを。逃げよう,と思ったその瞬間,警察官に手をかけられた。
「ちょっと待て!」
実は,この警察官は犯人がこの方向へ逃走中であるという連絡を受けていたのである。Aはその点,連絡を受けた詳細とそっくりだった。しかし,Aとしては捕まるわけにはいかない。必死で警察官の手を振り払おうとする。そして,そのときに警察官の顔面にひじ鉄を食らわせてしまった。結局,Aは逃げることができず,この警察官に現行犯逮捕された。
その後,酔っ払いは頚椎を捻挫しながらも回復し,A,B,Cらは傷害罪で勾留されている。

  • 問題

1)A,B,Cの罪責。
2)Aが現行犯逮捕されたときの罪名が,
    ①酔っ払いへの傷害罪である場合
    ②警察官への公務執行妨害罪である場合
  それぞれの問題点。

  • 資料

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